前回は、成田からクアラルンプールに着くまでの一日を書いた。
(初めてのビッグマックは、ひと口目が甘かった)
今回はその翌日、二日目の話。
朝は七時に起きた。
前の日は七時間半のフライトで到着して、駅のマクドナルドでビッグマックをかじって、ヒルトンの部屋に入ったのが夜遅く。それでも体はすっきりしていた。
昼間のフライトだったのが効いたんだと思う。
夜通し飛んでいたら、この日は全然違っていたはずだ。
朝食はヒルトンのビュッフェ。
旅先の朝ごはんは、内容よりも「座ってゆっくり食べられる」かどうかで決まる気がする。
支度をして、Grabを呼んでウェスティンへ。
ホテルを移るわけじゃない。
今日のオフ会の集合場所が、ウェスティンのロビーだった。
そもそもぼくが初めての海外に出たのは、このオフ会のためだ。
マイルやクレジットカードの話をする集まりで、日本で何度か顔を合わせた面々が、今回はクアラルンプールに集まる。
ロビーで合流して、またGrabに分乗する。
向かったのはバトゥ洞窟。
着いて、車を降りて、見上げる。金色の巨大な像が立っている。
その左に、石段。
虹色に塗り分けられた段が、上の方までびっしり人で埋まっている。
272段。
登らない、と決めたのは、その場じゃない。
数日前、グループのチャットに予定表が流れてきた時点で、ぼくは登らないと書いておいた。
だから見上げても、迷う場面がない。
決まっている事を、目で確認しただけ。
ただ、下に残ったのはぼくだけじゃなかった。あと二人いた。
二人とも、もう何度も来ているという。
だから今回は行かない。それだけの理由だった。
三人で、お土産屋さんの奥にある飲食スペースに入った。
冷房が効いている。アイスコーヒーを頼んで、椅子に座る。
ここが良かった。
自分は登れないから残っている。
あの二人は、登る必要がないから残っている。
理由はまるで違うのに、外から見たら同じ「下で待っている三人」だ。
しかも二人は、我慢して待っている顔をしていない。
当たり前の顔で、涼しい場所に座って、飲み物を飲んでいる。
三十分ほどして、登った組が降りてきた。
第一声が「足がパンパン」。
ぼくはアイスコーヒーを飲み終えていた。
そのあと、みんなで昼食。
洞窟から少し走ったところの店で、名前は覚えていない。
写真だけが残っている。
皮のパリパリした焼豚と、赤いチャーシュー。味のついたご飯の上にのっていて、刻んだねぎと生姜のタレがかかっている。脇にきゅうり。
次に向かったのは天后宮。
ここも、中には入らなかった。前で写真を撮って、出口のところで待っていた。
入らないと決めるのは、この日これで二度目。
もう自分の中で相談もしていない。
そして、ロイヤル・セランゴール。錫のピューターの工房だ。
ここは中に入った。歩いて回る形の見学で、館内をずっと歩く。
最後に、自分でピューターを叩いて模様をつける体験があった。
歩きっぱなしの流れから、そのまま体験へ。座る隙がなかった。
体験は、立ったまま。
腰にきた。かなり。
抜けるなら、たぶんあそこだった。
でも周りは金槌を打っていて、抜けるタイミングを完全に逃した。
とりあえず最後までやり切った。
作った小皿は手元に残っている。腰の記憶と一緒に。
リュックの中には、折り畳みの椅子が入っていた。
出発前、持ち物を決めるときにいちばん最初に書いた物だ。
立って待つ場面で、座れる一脚を。
そう思って買った。
その椅子を、この日は一度も出さなかった。
出す暇がなかったわけじゃない。
忘れていたわけでもない。
人前で広げるのが、気が引けた。
272段を登らないことは平気だったのに、リュックから椅子を出すのは恥ずかしい。
自分でも線引きの理由がわからない。
わからないまま、出さなかった。
いったんホテルに戻ってシャワーを浴びて、夜、もう一度出かけた。
夕食はアロー通りの屋台。
オフ会の面々、十五人ほど。焼き鳥っぽいサテーを食べた。
ちゃんと座れた。
その後、The Whisky Bar KLへ移動して、座ってハイボール。
帰りもGrab。
思い返すと、この日の移動は全部Grabだった。
歩く区間を、知らないうちに全部つぶしていたことになる。
観光地に入らなかったことより、たぶんそっちの方が効いている。
覚えているのは、座れた場面ばかりだ。
冷房の効いた土産屋の奥。
屋台のプラスチックの椅子。
バーのカウンター。
立ちっぱなしだった工房だけが、腰の痛みで残っている。
観光地には二つとも入っていない。
写真を撮って、出口で待っていただけ。
それでも、いい一日だった。
楽しく終わる。はずだった——あの時までは。
その「あの時」は、翌日に来る。



